おかげ参り・最終章(伊勢の旅)

楽しみにしていた伊勢もうでも終え、
金児さんのお蔭で色々な伊勢についてを知ることが出来た。

古代ニッポンの神話の中の天照さま
お恥ずかしいが全く勉強もせず伊勢入り、もったいないな~とも思ったが
いやいや、何か感じ取る事ができるはず、

とそのままなだれ込むように伊勢入り、
しかしやっぱり何も知らなくても感じるものはあった。
言葉では説明できないが・・・・いろいろ・・・ね。


しかしいにしえのニッポンがどんな国だったのか、
神話の内容もどんなものなのか、ちゃんと勉強してみたくなった。

まぁ徐々に~~~


神宮といえば伊勢、

そしてもう一つ、大社の出雲。

あちらにも行ってみたくなる。
あちらはどんな神様がいるんざんしょうか?
全く知らない!〈赤っ恥)

きっと行ける時が来るだろうと信じ、伊勢神宮・内宮を後にする。


そしてもう一つの楽しみ。
おかげ参りの後は茶店でのお茶~~~
もちろん行くのは!


赤福店

赤福本店!

偽装後再開店して初めて。
しかし後遺症などみじんもない繁盛ぶり。

あれは一昨年の事でしたか?去年早々再開店したときには
朝5時からの開店時にもう人が並んでたとか。

金児さんも再開して間もなくいったそうだがもう店の回り中に列を作るお客さんの数に圧倒され
食べずに帰ってきたとか・・・
赤福人気は衰えてない~~~~~

偽装事件もあっちこっちで勃発しており
消えていくところもあれば、このように~~~

やばり300年の歴史は凄い!

赤福娘

伊勢・内宮の参道には計4件の赤福屋があり
この写真は本店、赤福娘が餡子を手で餅に付けています。

300年前からの製法でこれは本店でその場で食べるのにのみやっています。
3つ入ってお茶がついて¥280でした~

お茶もブンブク久茶釜みたいな金の茶釜で沸かした湯で入れてましたよ。

私たちは昼ご飯を食べ過ぎ~しかも暑かったので
赤福はやめて下記を

氷
赤福氷です。

はっはっはっは~~~
めちゃくちゃ暑かったので食べちゃいました~
しかし一個がかなり大きいので金児さんと二人で分けて食べました。

赤福氷ってなんでそう呼ぶと思います?

氷(赤福)

中に赤福が一個入ってるのです~~
宇治金時の変形です。

氷のきめが細かく、宇治シロップも甘さ控えめ~
赤福が引き立ちます~

二人で一個、丁度良い量でした。
氷なんて2年ぶりぐらいに食べました~~~~〈満足)

赤福折

これが折に入った赤福
翌日講習会が終わって金児さんちでおやつに頂きました~
濃茶と赤福、最高です~


松阪・伊勢--三重はおいしいものの宝庫です。
伊勢湾があり海の幸、
山・平野があり米をはじめ農産物がた~くさん
(しかし県外需要を賄うほどはないそうでほぼ県内消費で終わってしまうのであまり三重県産として外には出回らないそうです)
有名な松阪牛もあります。

牛はまぁ最近のものですが
山海のうまいものが山のようにあります。


神さまがこの地!とした理由はそれが主だったかもしれませんよね~















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おかげ参り③〈伊勢の旅)

一生に一度お伊勢さんをお参りするのがいにしえの人が憧れたことの一つ、
そして江戸時代になるとお伊勢参りは‘おかげ参り‘と呼ばれ人生をかけた大イベントだったそうだ。
それもそうだ、なにせ徒歩で伊勢まで行くんですから。

金児さんと二人で、一体一日何キロくらい昔の人は歩いたモンなんだろう、
20km?いや40km?とイメージしますがまったく見当がつきません!

さて
伊勢神宮の食事の支度を司る外宮から本殿のある内宮へ。
天照大御神の祀られているおおもとへ!

表参道

こちらは内宮へ向かう表参道。
色々なお店屋さんが並びます。

はし

次回の式年遷宮・20年に一度の殿社他の建て替えは
平成25年になります。
あと4年後ですが、もう建て替えは一部始まっており
大鳥居から内宮への入る聖域へのエントランス宇治橋が建設中です。

全て白木、川をせき止めユンボを使って工事中です。
いにしえの時は一体どうやってこの橋の架け替えをしたのでしょう?

いよいよ内宮に入ります。
中に入ると行き届いた豪奢ではないのですが日本庭園が広がり更におくには入ると
2000年~1500年の歴史を窺い知る事ができる大木があちこちに。
五十鈴川

そして五十鈴川が見えてきます。
この川の上流は伊勢の森で、人家などが一切なく汚染は一切ないそうです。

この岸辺は『御手洗場(みたらしば)』といい、
清らかな川の水で参拝の前に心身を清める場です。

杉前

私の後ろは杉の木。
樹齢1000年はたってるのでしょうか?
かなりの大木で、このようなのがあっちこっちにあります。

階段
こちらはいよいよ天照大御神が祀られている御正殿。

階段の奥の鳥居の向こうがそうで、
写真撮影は不可。
建物は同じくシンプルな白木、神明造と呼ばれる建築様式だそうで
弥生時代の高床式の穀倉に起源をもつ日本最古の建築様式だそうです。
屋根は茅葺、苔が生えており、
これが伊勢神宮の御正殿!とそのシンプルさに驚きますが
やはり神聖さは言うまでもなく ひしひしと胸に染み入るようです。

式年遷宮ですが
この今たっているすぐ横に新しく白木で立て直されるのですが

殿社本体から大鳥居など全ての材木が再利用されるとのこと。

125社ある他の神社用に削りなおしをしたりし見事に生まれ変わるそうです。

なるほど~素晴らしいシステムですね。


真夏のような暑さの中、内宮の森のおかげでとても涼しく
また神聖さが輪をかけるように空気が澄んでいます。


なんとも不思議ないにしえの空間、
伊勢参りはやはり一生に一度はお勧めです。


なんだかんだ私と金児さん、かなりの距離を歩きました~
かなり疲れました~~~

















おかげ参り②〈伊勢の旅)

いよいよ伊勢神宮へイザ!

この日は30℃近く気温が上がり夏日。

暑い!


伊勢神宮は二つの神社

★天照大御神が祀られている皇大神宮(こいたいじんぐう)=内宮(ないくう)と

★豊受大御神(とようけおおみかみ)が祀られている豊受大御神=外宮(げくう)

この二つの神社を総称して呼ぶ。

伊勢神宮の起源は2000年に溯るそうで
天照大御神が天から降り静まる場所を伊勢の地に決めた。

その決めた理由は美しい海と森に恵まれ理想郷と呼ぶにふさわしい場所だったからだという。

私も何度も訪問しているがそのとおりだと思う。
有名な温泉地もないようなで〈掘ればお湯は出るらしいが)
地盤や磁場も神が静まるには安定したよい‘地‘だったのだろう。


私たちはまず外宮・げくうさんから。
鳥居をくぐると多分太古の昔からあるのであろうかと思われる自然に包まれた空間は
とても新鮮。

きちんと行き届いた庭なのであるがその辺の観光寺院や山の中の森とは全く違う。
ここでもいにしえのたたずまいをみせる。

この外宮は天照大御神をはじめ神々の食事の支度をする場所だという。
朝晩1500年もの間、一日も休まず繰り返されているという!

画像ははしょるが、こちらも白木の殿社。いたってシンプルな建物。大きくもない。
朝9時、夕は4時(季節によって異なる)に食事の支度が施され内宮の天照大御神へと奉納されるそうだ。時間に行くと白装束をきた神職たちを見る事ができるそうだ。

1500年も毎日休む事がないとは~~
驚きですね。
しかも火おこしなどは木でガスや電気・文明の利器は使わないそうで、

また食事に使われる食材は全てこの近辺で米から野菜から魚の干物〈魚の干物も神さまはいただくそうです・プチベジね)そして塩に至るまで自給しているそうだ。

米などは天災や病虫害に遭わぬように一作で何種かの種籾を分けて植付けするという念の入れ方。
病気で取れなかったから、米屋から買ってくる!訳には行かないのです。

そして驚いた事の一つに
伊勢神宮は20年毎に神殿・殿社を建て替えるという。
式年遷宮(せんぐう)といい、

神社のほぼ全て神殿以外の鳥居や壁に至るものまで全て真新しい白木で作り直される。

これは建物様式の継承の為などと言われていますが
どうもそれだけではないような秘密もあるようです・・・・


戦時中に一度だけその20年目だったにもかかわらず出来なかった年があったようですが
それからはずっと建て替えを続けているわけです。

それらの木は伊勢の森や木曽辺り、などで神宮用ご神木の森があり
木が耐えることなく供給できるようにも仕組みが出来ているとのこと。

すばらしい~~

食材の調達や自給自足、にしろ何百年かけて育てるご神木にしろ
ん~~~これからの21世紀はこうあらねばならないのでは?なんて思いました。

つまり何があっても神宮は永遠にこの仕組みを続ける事ができる。
しかも太古の昔から今の今、そして将来・・・いつまでも・・・・


便利な社会に生き、色々な恩恵を受け生活している私たちですが
伊勢神宮を訪れ
そして丁度旅の途中で読んでいた

ミュータント・メッセージ (角川文庫)ミュータント・メッセージ (角川文庫)
(1999/04)
マルロ モーガン

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オーストラリアのアボリジニの話をつづった本であるが
これの内容と伊勢神宮がある意味一致しており

なんだかタイムリーな時に伊勢神宮にきた、そしてこの本を読んでいるな~と。

この二つの出来事は
文明社会に生きる私たちに一つの警鐘を鳴らしているかのようだ。

伊勢神宮の訪問、そしてミュータントメッセージを是非読んでいただきたい。

新しい発見があるはずですよ~



つづく



おかげ参り(伊勢の旅)

GW中はゆ~っくりのんびりさせてもらった。
一旦ねじを緩めると戻すのもラクじゃないが、

明けは連日の講習行脚!


しかし!今回は前からすご~く楽しみにしていた伊勢神宮観光つき講習!

三重県松阪には
オルチョの大お得意様である米屋さん&自然食品店の
かねこやさんがあります。

毎年必ず1回は講習会に呼ばれて松阪に行きます。
今回は6回目(6年目)!

昨年末からの依頼でかねこやさんの店長・金児さんから
今度こそ伊勢神宮詣でをしましょう~
というありがたい‘遊び‘のお誘い。

5回も行っていてるが何回かすぐ側まで行って中に入れないで・・・と
悔しい思いをしていた。

しかし今回は金児さんが一日私の為に時間を空けてくれ
神宮さんへ連れていってくれるというありがたいお申し出。
私は仕事〈オリーブオイル使い方講習ね)そっちのけでかなり前から楽しみにしていた。

金児さんは新品のガイドブックを2冊用意してくれ
それを見ると伊勢神宮が125の神社から成り立っているという事が書いてある!

ひぇ~~~
伊勢市の土地の5分の一はその神宮関係なのだそうだ。
〈125社は伊勢市以外も含まれる)

天照大御神(あまてらすおおみかみ)が自身で日本中をあるきこの地!としたのがいわゆる伊勢神宮ですが
我々は本拠地に行く前にその125社あるうちの
機織所(はたおりどころ)神社へと向かう。

その名は

‘神麻続機殿神社(かんおみはたどのじんじゃ)‘

神さまの衣を‘神御衣‘(かんみそ)というそうで
古代は繭から‘絹‘、大麻から‘麻‘の糸を、それを原料に絹と麻布を織っていたのだ。

ちなみにコットン(綿)は江戸時代にできたそうで、
金児さんの説明に

へぇ~ほぉ~とワタクシ頷くばかり。

かねこさん

小さくてわかりづらいがこちらが金児さん。
地元松阪の歴史研究会に所属しているだけあります~

伊勢神宮はもちろん広大な面積ですが
伊勢や松阪、その近辺には125社が散らばっており、

田畑の中に鎮守の森がこんもりとしており、
車の車窓からもあそこに神社があるというのがわかります。

この神社は麻布を織っている神社で
この麻の事を『荒妙』(あらたえ)というそうです。

このような日本語、この世に生を受けて40年以上たちますが
初めて聞く言葉にうっとり~

古代・いにしえの日本という国がいまとまったく違った雰囲気をもった国~というのが
言葉からしみじみ感じました。

麻神社

長い参道をくぐると目を見張るような大きな玉砂利が一面に敷き詰められ
殿社が二つ見えてきました。

入ってこの殿社をみたとたん、

なぜか

‘はは~~~っごめんなさいませ‘といままでの私の大小・全ての罪をお許しください~
とひれ伏したくなる心境になる!これがほんとなんだって!


誰もいない境内?ケイダイは仏系でつかうのか?
神社内の空気は澄み切り加減120%


まさに‘神聖‘という言葉がぴったりです。


アサクラ感激です~~~
そして建物があまりに質素なのにもびっくり。

これには金児さんが、
伊勢関連の神社は全て白木(ヒノキ素材)なのよ~とてもシンプルなのよ~

と。


ここでアサクラ又感激~~

いにしえの日本人がいかに楚々としてたか、いかにシンプルであったかが
わかります。

削ぎ落とした‘美つくしさ‘

あまりにシンプルなので余計神聖さが際立ちます。

心から~感謝の心が湧いてくるようです。

ココに来る事が出来た事を心から感謝し手をあわせました~


右が機織所、左の小さな殿社にここの租神である‘天八坂彦命(あまのやさかひこみこと)‘が
祀られています。

125社あると書きましたが、各々に神さまが祀られているわけで
日本という国が萬の神々をそれぞれ信仰してきたのがわかりますね~

山の神火の神、水の神・・・・何百という神の存在。


麻神社参道

この後、伊勢神宮に行ったのですが
誰もいないシンと静まり返ったこの神社がとても印象的でありました~



つづく~








阿蘇エネルギー

熊本の自然食品店・天粧さんとビオ天粧さんで料理講習を先週行って来た。
毎年講習させていただき、熊本行きはもうだんだん慣れて来た。

今年はビオ天粧の福山さんご家族が阿蘇観光に連れて行ってくださった。
講習後は奥阿蘇の秘湯‘やまなみ‘さんへ。
何種類もある温泉をゆっくり堪能した。
なんといっても‘水‘がいい、飲んでもおいしいし、湯のあたりがいい。
阿蘇の大地から湧き出たエネルギー一杯の水という感じだった。

翌日は丸一日阿蘇へ。

‘阿蘇は世界でも有数のカルデラ‘と福山さんの夫さま‘リョーゾウ‘さんが運転の中から
バスガイドさながら説明してくださる。

カルデラ?ってそういえば聞いた事ある。学校で習ったな~っと。
しかしカルデラって何だっけ?
一瞬頭の中で考えるが、リョーゾウさんがすかさず説明。

カルデラとは火山によって陥没した凹地のことをいうそうだ。

阿蘇は何万年も前巨大な山だったそうで
その山が何箇所かで同時噴火し陥没が出来た、
その陥没後が時間をかけて平地になり、今は田畑、人の済む巨大な盆地のようになっている。
回りは全て山々で覆われており、

山の上から下を見るとその火山が半端でなく大きかったのがわかる。

奇妙なのが、囲まれる山々には木がほとんどないということ。
あっても低木の高山種の木、もしくは植林した杉が少々あるだけ
あとは牧草地?の草が生い茂ったのが枯れた状態。

まるでシチリアの山の中に来たようだ。
木がないのです~~~~

山の上に上がると噴火口は今でももくもく、蒸気を放っており
活火山というのがよくわかります。

阿蘇

写真手前も枯草の牧草地です。
山全体がこんな感じなのです~
広場で2亮

山の上はこんなかんじ(福山さんちの2リョウちゃんと)
後ろの山は米塚だと思う。
ここにも木がないのがわかるでしょう?


私たちは更に上に行き火口付近まで行く事にするがなんと
有毒ガス噴出中で上まで上がれなかった!(残念)

kakou[1]
ちなみに火口はこんな感じだそうです。
見学した阿蘇火山博物館HPから拝借~~~

博物館も大迫力の噴火時の映画を見ることが出来る。
阿蘇が太古の昔から現在にかけ少しずつ変化する様子がわかる。

それが今でも地下でマグマが活動しており地上ではその様子がわかるんですから~
なんともいえない自然エネルギーの凄さをかんじずにはいられません。

私たちは火口見学を諦めて夏場の馬牛の放牧の草原にある湖付近を散策。
山の上なのでかなり低い気温だか空気が乾いてるので気持ち~

湖前(私)

アンデスの山の中に突如現れた湖のよう!(アンデス行ったことありませんが・・・某さんの写真でみたことあるな~)
湖をバックにワタクシ。

このあとは白川水源といわれる湧き水のでるところに行く。
阿蘇から下って平地になにげなくあるのが意外。

池のようなものがありよくみると透明度バツグンなのがわかる。
目をよ~く凝らしてみると下からコンコンと水が沸いているのがわかる。

飲んでみるとおいしい~なんとも表現が出来ない、
無味無臭でもあるんだけど少し甘いかな~というぐらいクリアなお水。
これも阿蘇の産物だ~


ビジュアルでみえる山や草原、巨大なカルデラで出来た平地、木のない山々、湖。
大地の下はマグマ、クリアな湧き水、乾いたすがすがしい空気

阿蘇の自然が生むエネルギーを一杯吸って無事帰宅。
そうそう、物産館で買った¥400のいきなり団子がめちゃうまか~~

福山さん、ありがとうございました~







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