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ダイヤモンドの原石!③

バルバラが用事で出かけていき
私と母のアントネッラが二人っきりになる。


大柄の彼女は女性っぽくないのが変な感じ。
バルバラが娘とは到底思えない体格で
この家のいかにも‘主人‘という威厳に満ちた女性だ。


彼女はミラノ時代から幼稚園の先生をしているそうで
彼女の風貌からは想像できない職業に、聞いた時は笑ってしまった。


午前中は幼稚園に行っていたそうで
帰って来て昼ご飯

(またこれも清貧メニューであった 青菜のゆでたものにオリーブオイルをかけて食べる。
そしてパン、その他なにも出てこなかった気がする、話しに夢中であまり良く覚えてないのだが)

を食べながら

私になんでまたオリーブオイル売りになったかを突然聞いてきた。


‘それを私に聞く?と念を押してから
長いココまでのストーリを私は話し始めた。


日本で農家の嫁をしていた事、
それが破綻した事、
その足でイタリアに料理修行にきたこと、
そこでオリーブオイルの魅力にはまった事、
さらにオリーブオイルの現状を知った事、
日本にいいオリーブオイルがなかった→自分でそれをやる決意をする


と私はあけすけに全てを話す。


私のリコンに彼女は微笑みながら反応をし、
ウンウンと聞き入っていた。


反面、私はなんでまたミラノから移り住んできたのか?を
ぶしつけながら聞いた。


彼女は一呼吸おいて、
しかし微笑みながらこう言った。

アントネッラ


‘Grande sofferenza` があったのよ。と。

グランデソォフェレンツァとは。大きな苦悩と直訳する。


私は

‘一体どんな苦悩?聞いてもいい?‘と。


アントネッラは相変わらず微笑んでいる、
その微笑からはその苦悩を越えてきたんだなというのがわかる。


12年前ミラノに住んでいた。
ある日の朝、夫が出勤した後電話があったそうだ。
その電話を最後に帰らぬ人になった。
事故でそのまま逝ってしまったのだ。

‘二時間前に電話で話したのが最後になった‘


と一気に話すとアントネッラはこちらをみて
グランドソォフェレンツァよ。とまた。

私は返す言葉がなく
しばし無言でいる。


お互い、いろいろあったのね。

と彼女は穏やかに言うと、またやさしく微笑む。

大女でごっつい彼女だがその微笑みは天使のようだ。

ふわ~っとやさしい笑顔なのだ。


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All Comments

バルバラさんとその後連絡とれたのでしょうか?地震の影響は?

URL | 2009/04/17(金) 18:54:42 | みさこ #- | [ 編集]

みさこさん

はい、連絡取れました、何もなかったそうです。地震直後に電話回線の不通がよくあるようにイタリアでも同じでした。
バルバラには地震のあった州である、アブルッォのアサクラ農園は大丈夫かと逆に聞かれました~
ご心配かけました!

URL | 2009/04/17(金) 21:22:05 | アサクラ #- | [ 編集]

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